言葉や文化的背景などの違いから、日本の介護施設になじめない多くの同胞高齢者たちがいる。このような現状を踏まえ、同胞社会の中から同胞の手による同胞のための施設建設を望む声が上がっているが、2世以降がこのような施設を利用するのかという疑問もついて回る。今、お年寄りたちを取りまく環境はどうなっているのか。東京都内で同胞を対象にしたデイサービス(通所介護)を開設する代表者らに聞いた。
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東京トラジ会
援助も受けず7年 「1世に時間ない」自宅提供
金日権さん
「1世たちには時間がないんです。いますぐにできることもやらないで、それ以上のことをできるはずがありません」
01年3月、東京・豊島区の自宅を提供し、同胞デイサービスセンター「東京トラジ会」をオープンさせた金日権代表。現在、最高齢89歳、平均年齢75歳を上回る20人近いハルモニたちが、第1木曜日の食事付きデイサービス、第2・3木曜日の趣味教室に足を運び、仲間たちと数時間をともに過ごす。在日ボランティアらも毎回、顔をそろえる。
今年で7年目を迎えるがこの間、どこからも援助を受けずにきた。「全てオモニたちの500円のポケットマネーで、月1回の食事、おやつなどをまかなっています。援助もなく、専門家もいなくてもできるという証拠です」。実際に同業者などがモデルケースとして訪ねてくることも多い。
施設をオープンしてから驚いたのは独居老人の多さだったという。病気などで倒れて1日、2日後に発見されたという話を何度も耳にした。命を落としかねない危険がつきまとう。そして毎日ひとりで食べる食事の寂しさはいかばかりか。
「これは叫びにも似た痛み、すぐにでも何とかしたいなと考えました」。金代表自身もまた、辛い過去を背負ってきた。「親の死に方を見たとき、もっとほかにできなかったのか、これしかできなかったのかと悔しかった。このままでは人間として笑って死ねないと思いました。何とか答えを見つけなければという思いです」と心情を吐露する。
「高齢者たちが残りの時間をいかに生き甲斐のあるものとして、尊厳のある生き方をするか」を自問し続けてきた。
「1世は貧乏を知っています。例えば高級な老人ホームにひとりでぽつんと置かれたらどんな気持ちになるでしょう。死んだら連絡を下さいねという家族もいる。だからその寂しさを施設の職員たちが埋めなければならないのです。1、2年後に施設が建つのなら大至急、職員の教育に入らないとだめです」
一つ屋根の下同居のすすめ
金代表が3、4年前にあった実例をもとに提案するのはルームシェアの方法だ。金代表も以前、ハルモニ同士のお見合いを試みたこともある。独居状態の高齢者2人が一つの家で独立した部屋に住み、賃料や光熱費、台所や風呂場などを共同で使用、費用は折半するというものだ。
同居人がいることの安心感や、万が一転倒した場合でも救急車を呼んでくれるという安全面での利点などがあるうえ、費用がかからず、今すぐに取りかかることができると強調する。日本では独り暮らしが困難であり、悩みや不安を抱える高齢者たちが一つ屋根の下で暮らし、ともに支え合っていく高齢者共同住宅(グループリビング)を利用する動きも広がっている。
「ルームシェアの考え方はもっと根本的に24時間、365日体制のレベルをフォローしようというものです。民団は60年以上の歴史があります。基本的には生活者団体でありボランティア組織の核心にあります。潜在的な力が集まれば、このプランはすぐ実行できることだと思います」
また在日の経営する病院の一室を借り切り、在日専用の特別養護老人ホームと同じ環境を作ることも可能だと指摘する。
「大きな施設を作らなくていいんです。でもこれも数の力です。いろいろなところからノウハウが集まって展開されればベストでなくてもベターができます」
日本社会で広がるルームシェア
ルームシェアとは、一つの物件に家族や親族以外の他人同士が一緒に住むことをいう。玄関や、台所、風呂、トイレなどは共同で使い、寝室は各居住者のプライベートルームになる。家賃、光熱費などの住居費は折半になるので節約につながる。独り暮らしの寂しさから解放され、同居人がいるという安心感と、お互いに助け合うことができるので心強い。海外では一般的で、日本ではあまりなじみのなかったルームシェアも最近、希望する人たちが増えている。同居人同志の相性、ルームシェアに向く人、向かない人もいるので顔合わせは大事だ。
趣味教室で習字をするのも楽しみだ
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アレック桜木
介護者に言葉の壁 日本語話せぬ人の最後の砦
西方敏郎さん
03年11月、民団東京・足立支部の会館内でオープンした同胞高齢者を対象にしたデイサービスセンター「アレック桜木」。日本の民間企業が立ち上げた施設として、注目を集めた。
来月で開設4年目を迎えるが、厳しい状況に置かれている。都内、近県に10以上の事業所を持つが、各事業所での稼働率85〜95%に比べ、同センターではようやく70%台にこぎつけた状態だ。
センター長の西方敏郎さんは稼働率の伸び悩みについて、通名の問題点を上げる。
「ケアマネージャーは、通名を使っている方が在日であるかどうかが分からずに、最初は日本のデイケアサービスを薦めます。段々関わっていくと言葉が上手く話せない、歌が分からない、実は韓国人だということになります。そのうち馴染めずにサービスを利用しなくなり、ケアマネージャーも離れてしまう」という事例をあげる。
だが、実際には同胞高齢者の対応に困った日本人のケアマネージャーから、同センターに助けを求めるケースもあるため、西方さんは同区や荒川区の居宅の訪問調査を毎月、行っている。「日本のケアマネージャーの中に入り込んでいったら、実は困っているという方は多い」と気づく。
現在、登録者64人の6割は荒川在住の総連同胞で、墨田、台東、北区などからも足を運んでくる。スタッフは日本人1人と、韓国人5人、総連同胞5人という構成だ。
開設当時、スタッフは西方さん以外、全員在日のスタッフだったが、近年、人が集まらなくなっている。その背景にあるのが言葉の問題だ。利用者は1世であるために、職員雇用の条件は韓国語が話せることになる。民団系の多くの子弟たちは日本学校に通学することから、採用されるのは民族学校に通う総連同胞が多くなる。
願いは地域のネットワーク
1世たちは認知症とともに日本語を忘れるうえに、現在の利用者全員が済州道出身者のため、いわゆる「チェジュマル」(済州言葉)で対応できる若い世代が極端に少なくなっていることも頭痛の種だ。
「日本語で受け答えできる方は無理にここには来ません。でもそうでない方にとっては、ここは最後の砦のようなところです。3人の在日スタッフたちが頑張って対応しています」と語る。
西方さんは同胞高齢者と接してきたなかで、1世のための施設はあるべきだと指摘する。「歴史的背景を含めて、すべてを分かってくれる人がひとりいる、いないでは全然違います。いつも来るハルモニが来なかったら、様子を見に行こうというセーフティーネットワーク、見守りにもつながっていくんです。これは歴史的なものがありますから、日本人の私が簡単には言えませんが、民団とか総連とかではなく、地域に住んでいる1世の方々を見守るネットワークができればと思っています」
デイサービスセンターで料理を作る
◆デイサービスセンター「東京トラジ会」(℡03・3946・5963)
◆デイサービスセンター「アレック桜木」(℡03・5813・1831)。
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故国の人へ ぬくもり民宿
人が人を呼び国際色も豊かに
金久保洋子さん
「仕事でも人の役に立つのはありがたいですね」。4年前から自宅を民宿として開放し、韓国人利用者などを受け入れている金久保洋子さん(52・東京都江戸川区)。1980年に日本人の孝之さん(60)との結婚で、韓国から日本に移り住んだ。
不便な言葉努力で習得
民宿名は「サランチョ」(愛草)。自宅の1階から3階までの7部屋を開放している。利用者たちが共同で使用している1、3階部分の台所と風呂場、洗面所は、各自で掃除することになってはいるが、「今の若い人たちは掃除ができないんですね。でもこれは想定内。小言になるから一切、文句はいいません」と屈託のない笑顔で話す。
これまで留学生や駐在員、旅行客などの韓国人をメインに、日本人やイギリス人、アメリカ人も宿泊したことのある国際色豊かな民宿だ。
結婚前、叔父や遠縁の親戚の暮らすシンガポールや日本で数カ月間、暮らした経験を持つ。特に2カ月滞在した日本では言葉の不便さを痛感。韓国に戻るや日本語学校に通ったほどの行動派だ。 孝之さんと結婚したのは24歳のとき。文化や習慣などの違いはあるものの、日本での暮らしは違和感なく入り込めたという。
ボランティアでも大活躍
新婚1カ月目から、しばらく建築業にたずさわる孝之さんの仕事を手伝った。「義母は私に早く日本に馴染んでほしいし、覚えてほしいという思いだったのでしょうね」。夕飯は毎日、料理本を見ながら一人で和食を作った。
「日本料理作るのうまいですよ」と胸を張って言えるほど、料理の腕をあげた。
洋子さんは民宿以外にも、日本での生活に困っている外国人の手伝いをするボランティア活動団体「国際江戸端会議」で通訳や企画を担当するほか、教会での活動、地域の祭りで韓国料理を出店するなどエネルギッシュな活動を行っている。
「それ以上、増やされたら…」と話す孝之さんだが、洋子さんを見つめる目は優しい。民宿を通じてこの間、国籍を問わず友だちになった利用者たちは大勢いる。
「お客さんとしてではなく、遠い親戚が来たと思っています。1年に2、3回みえる方もいるんですよ」という言葉から、アットホームな雰囲気が伝わってくる。
家族も理解を示し、協力してくれる。「老後も楽しみながらできる範囲で続けたい」と前向きな洋子さんは話す。
民宿「サランチョ」は(℡03・3689・9639)、ホームページ
http://www.sarangcho.net
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今月から毎月1回、生活欄を掲載する予定です。同胞高齢者問題では在宅介護や独居老人問題、同胞福祉施設などに関するご意見や体験のほか、取り上げてほしいテーマをお寄せ下さい。(FAX03・3454・4614)。住所、氏名、年齢、職業、電話番号を添えて下さい。
(2007.10.24 民団新聞)