掲載日 : [2022-11-09] 照会数 : 1945
SF作家 ファン・モガさんトークイベント開催
新大久保学院池袋(東京・豊島区)は5日、オンライン講義「イベントプラス」を開催し、日本でも注目を集める韓国のSF作家、ファン・モガさんとのトークイベントを行った。
ソウル出身のファンさんは漫画家を目指して2006年に来日し、漫画家の制作スタジオやIT企業で勤務。その後、小説を書きはじめ、2019年第4回「韓国科学文学賞」大賞受賞。2021年に第8回韓国SFアワード優秀賞を受賞。22年『モーメント・アーケード』で日本でデビューを果たした。著書は日本の都市伝説を題材に日韓の友情を描いた「透明ランナー」などを収録した短編集『夜の顔たち』などがある。
ファンさんは、子ども時代はやんちゃだったが、その半面、大人が嫌いでよく喧嘩をしたという。
「高校時代3年間の記憶が飛んでいる」と話す背景には、受験戦争が激しく、「自分をほとんど捨てて没頭していた」からだと話した。
そして、「受験的には悪くはなかったが、私が学歴を踏まえて自分のキャリアを積んでいった訳ではないし、望んだ訳ではないので無駄だったかなと思ったり、早く創作に携わったら良かったのかなと思ったこともあった」と当時の思いを語った。
大学では新聞放送学を専攻。卒業後、記者を2、3年続けたが、漫画家になるため06年に来日。「北斗の拳」などで知られる漫画家、原哲夫さんをはじめ、4カ所でアシスタントを経験したが、デビューに至らず挫折。
その後、IT会社に勤務するが、それまでは一人で仕事をしていた時期が長く、日本の組織の一員になるのは初めて。「自己認識と周りの環境とのずれ」があったという。その後、転職した。
小説家になったきっかけは、会社員になる前に生活のために少額の借金があったが、派遣社員になってから翻訳の仕事もこなして借金を完済。「今までの人生の穴を埋めるような感じだった」
心の余裕が出て来た時に、「今まで自分で描いていた漫画をスキャンするなり、データとして残そうという気持ちになった」。
それを文章化し、データとして写している中で、小説の形を取り込むようになった。
17年頃から小説を書きはじめ、「毎月、小説関連の応募があるので、そこに毎月、短編1編を送った」。19年は、韓国科学文学賞に4本、同賞以外にも文芸誌など11カ所に応募した。「毎月1本の小説を書くと決めていた。自分が書けるところから成長するような試みをやってみようと思っていた」
「日本でも小説家になるためのプラットホームがあるので、日本語の作品を出したり、韓国でも同じように応募していた」
小説を書く時に「何を書くか」「誰を書くか」「なぜ書くか」は、自分の作品に貫通するような基準だと話す。今後、貧困問題に携わりたいと話すが、書き方や表現方法などについて、今は試行錯誤を重ねているという。
韓国ではここ数年でSF小説の人気が出てきた。その理由については自分なりに分析。「韓国の社会全体が多様な考え方、多様な観念とかを持ったからこそ見える世界を、先にSF作家が書いてきた。私も含めて、それを読者が遅れてそういう作品、作家を見つけたと思っている」と説明した。