コリア国際研究所長 朴斗鎮
その狙いと背景
拉致再調査へ圧力…法の厳格な履行 前面に
京都府警と神奈川、島根、山口県警の合同捜査本部は3月26日、外為法違反(北朝鮮マツタケ約1200㌔の無承認輸入)容疑の関連で、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の許宗萬議長(東京都杉並区)と南昇祐副議長(同世田谷区)の自宅など計6カ所を家宅捜索した。
朝鮮総連の議長宅が家宅捜索されたのは朝鮮総連結成以来初めてのことである。この捜査で逮捕されたのは、東京都台東区東上野の食品卸売会社「東方」の代表取締役、李東徹容疑者(61、千葉県市川市相之川1)と金芳彦容疑者(42、東京都江東区東砂3)だ。この2人はいずれも韓国籍になっている。
北と総連は激しく反発
合同捜査本部は昨年5月、「東方」や李容疑者宅、許議長の息子宅など10数カ所を家宅捜索。押収した資料などから、許議長が関与したことをうかがわせる書類などが見つかっていたという(毎日新聞2015年3月27日付大阪朝刊)。マツタケ不正輸入で許議長の関与が証拠づけられれば、朝鮮総連はその屋台骨が揺らぐこととなる。
捜索を受けて許議長は、無法な政治弾圧だとして「朝日関係が微妙なときに、こうした暴挙を行って関係が悪化したとしても責任は全面的に日本政府当局にある」と述べ、「絶対に許せない、徹底的に戦う」と声を張り上げた。朝鮮総連は、捜索を受けた26日午後、記者会見を開いて南昇祐副議長が抗議声明を発表した。
北朝鮮も3月27日に海外同胞援護委員会が糾弾声明を発表した。続けて労働新聞(3月28日付)が「わが共和国に対する厳重な政治的挑発、前代未聞の暴挙」との見出しで非難した。また同日、朝日交流協会と朝日友好親善協会も同じような糾弾の声明を発表した。31日には「強盗的な総連弾圧を容赦できない」とのホ・ヨンミン署名の労働新聞論説記事を掲載している。
今回の捜索については、その時期はさておき朝鮮総連側にもある程度の予測はあった。それは昨年5月の捜査直後、労働新聞報道が「警察庁は、強制捜索はするものの逮捕者は出さず、公開もしない代わりに、徹底した捜索で最大限の資料を押収しろとの指示を内々に下していた」と分析し、捜査の継続を予測していたことからも推察できる。
しかし、許議長や南副議長の家宅捜索まで強行されるとは思わなかっただろう。それは、「日朝ストックホルム合意」があったからだ。この合意によって、朝鮮総連に対する圧迫は緩むと踏んでいたのだ。
事実その後、マルナカに売却された「朝鮮総連中央会館」は、グリーンフォーリスト社への転売を経たのち、朝鮮総連との賃貸借という形で実質買い戻しを成功させている。今回こうした脱法的行為に対する反発もあって、日本の捜査当局は思い切った捜査に踏み切ったと思われる。
では、日朝関係への影響を覚悟してまで許議長の自宅をも家宅捜索した狙いはどこにあったのか。
制裁のがれ放置できぬ
その第一は、法の厳格な履行を内外に示すことである。
北朝鮮にとっても朝鮮総連にとっても、「マツタケ(松茸)」はカニやウニ、ハマグリなどの海産物とともに資金獲得のドル箱である。
しかし北朝鮮からの輸入は、2006年のミサイル発射と核実験以降、国連制裁1718に基づく日本の独自制裁によって全面禁止されている(2009年6月には輸出も全面禁止)。
それにも関わらず北朝鮮は、中国産に偽装するなど様々な手口で不正輸出を行い、制裁突破を図ってきた。日本の捜査当局としてはストックホルム合意があるからといってこれ以上「不法」を放置すると、日本社会ばかりか国際社会からも非難を受けかねなかった。もちろん捜査当局のメンツもあった。
狙いの第二は、拉致問題解決への圧力である。
今回の捜査は、拉致問題をめぐる日朝交渉を動かす一手であることも否定できない。昨年のストックホルム合意によって始まった日本人拉致被害者らの再調査は、当初、「夏の終わりから秋の初め」に最初の報告があるとされていた。ところが年が明け3月が終わってもその約束は履行されていない。
この事態は「同床異夢」のストックホルム合意がもたらした必然的帰結といえるが、安倍政権がここで何らかの手を打たなければ、拉致被害者家族だけでなく、日本国民に対しても説明がつかない状況となっている。
事態打開のために日本政府は2月28日から2日間、中国・大連で秘密裏に日朝非公式協議を持った(朝日新聞デジタル4月1日)。しかし、北朝鮮側からは拉致被害者に対する報告内容や時期の見通しについて一切言及がなかったという。
せっぱ詰まった安倍政権は、直ちに制裁復活のカードを持ち出したいところだったが、そのためにはストックホルム合意の白紙化を覚悟する必要があった。そのリスクを回避しながら圧力を加える一手が「許宗萬自宅の家宅捜索」だったと思われる。
今回の捜索に対して今のところ北朝鮮は、洞喝はしているものの日朝交渉の決裂までは望んでいないようだ。それは安倍政権に対する名指し非難を避けていることからもうかがえる。しかし、成り行き次第では「朝鮮総連中央会館居座り問題」にもメスが入るかも知れない。日朝の今後の交渉と朝鮮総連の動向が注目される。
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プロフィール
パク・トゥジン
1941年大阪生まれ。朝鮮大学政治経済学部卒。同学部教員など経て現職。日本メディアでコメンテーターとして活躍。著書に『北朝鮮 その世襲的個人崇拝思想‐キム・イルソン主体思想の歴史と真実』(社会批評社)、『朝鮮総連‐その虚像と実像』(中公新書ラクレ)など。
(2015.4.8 民団)