掲載日 : [2016-12-07] 照会数 : 5516
サラム賛歌<20>不思議な空間は夢の現場
アフリカ木工所
金永壽さん
うちの近所に、不思議な名前の木工所がある。「アフリカ」という屋号と業種が結び付かなくて、皆が「はて」と首をかしげて通る。
実はそれが狙いなのだと、木工所の主人金永壽さん(44)は言う。「どうしてアフリカなのか」という問いを、金さんは待っているのだ。
3年前にここに来て、店の向かい側の壊れた柵をきれいに直し、子供たちの描いた絵や鏡を貼って、ベンチを置いた。だれでも一休みできるように、という配慮だった。
東仁川駅からだらだら続く上り坂の途中で、座る場所ができてほっとした人も多かった。子どもたちの絵を眺めて笑顔になる人もいれば、店の中を覗いて行く人もいる。
やがて道行く人から注文が入り、テーブルや椅子を作り始めた。腕を買われて、カフェの内装や子ども図書館など、室内インテリアも任されるようになった。
「初めは金づちとのこぎりとペンチくらいしか持っていなかったけれど、今ではこんなに道具もそろいました」。ずらりと壁に掛かった工具類を、金さんが指さした。
木工所の内部は明るい。天井には、小さな電球をたくさんあしらった電飾。店の奥には赤いソファ。壁には金さんの描いた絵が、何枚も飾ってある。特に絵の勉強をしたこともなくて、自分の好きなように描いているだけだと言うが、その情熱的な色使いと躍動的な絵にはファンも多い。ただいま個展も準備中だ。
木工所の開け放たれた扉は、金さんの心を表している。道行く人と、笑顔で挨拶を交わす。高校生たちの通学路で、ときどき生徒たちが店のソファに座っている。
木工所はアート空間の役割も果たしている。音楽会やイベントなど、交流の場としても存在している。ではなぜ「アフリカ」か。
「長い間、自分は誰の役にも立てない、ちっぽけな存在だという劣等感にさいなまれてきました。そんなとき偶然、テレビでアフリカのドキュメンタリー番組を見ました。家が壊れても直すことができず、ふるえている子どもたちがいた。餓死や凍死する子どももいた。もし自分がそこにいれば、きっと何かの役に立つことができると思ったら、生きる力が湧いてきました」
その日から金さんは、自分の目的を「アフリカ支援」と定めた。古着や靴などを集めて、アフリカに届けよう。その場所作りのために、木工所を開いた。すでに地下倉庫には、たくさんの物資が集まっている。
コンテナで物を運ぶには、お金がかかる。一人の力では無理だから、助けてくれる人を募ろう。屋号を見て質問する人に、金さんは繰り返し、アフリカ支援の話をする。
「ほんの小さな関心でいい。自分のできることをやってくれればいい。たとえばユニセフに募金をしてもいい。二、三度募金して、忘れてしまってもいい。ここに来て、また思い出してくれれば、それでいい」
来年は非営利の「社会的共同組合」を立ち上げて、まず自分がアフリカに出かけて来るつもりだ。小さな志が、大きな力となる。ここはその、夢の現場だ。
戸田郁子(作家)
(2016.12.7 民団新聞)