掲載日 : [2021-09-29] 照会数 : 3523
かけがえのない先生でした 後輩・呉貞子さん思い出を語る
[ 在日韓国人2世の画家、呉貞子さん ]
物の重心をつかめ
「内面を磨け」と厳しい指導
在日韓国人2世の画家、呉貞子さん(78)は呉炳学さんから多くのアドバイスをもらってきた後輩の一人。思い出を聞いた。
呉炳学先生に初めて会ったのは15歳の時です。
旋盤工をしていた父の仕事を手伝っていましたが、同業者の中に絵描きさんがいて、その方が参加している日朝友好展の集まりに誘われました。その席で呉先生が声をかけてくれました。
当時34歳だった先生は、地味な少女だった私にも対等な立場で丁寧に接してくださり、後日、自分のアトリエに来るように言われ、感動した覚えがあります。
私が持参した30枚ほどの作品をアトリエの壁面前に並べて、1点ずつ批評してくれました。私は先生のアドバイスを録音し、それを作品の裏面に記入して作品の水準を上げるために活用しました。
先生は優れた作品から養分を吸収すべきだと強調し「特にセザンヌは、絵画の重要な要素を持ち合わせている。オリジナル作品や印刷の良い洋画集をそろえて、繰り返し見て分析できるようになれ」といつも話していました。ときには美術展にも誘ってくださり、その場で行う評価はとても参考になりました。
心に残っている先生の言葉は、物の重心がしっかり収まるように「何より重心を下げよ、そして奥行と広がりも出せ」といい、そのために「もっと自己に厳しく向き合って、内面を磨き、より向上させよ」というものです。良書を深く読めと厳しく言われました。
個展で作品の批評をしていただいた時に玉石混合と言われたことがあります。厳しかったですが必ず良いところを見つけて褒めてくれました。
先生は若い頃から品格があり、優しくて温かみのある方でした。一方、強い意志とともに鋭い洞察力や厳しさもお持ちで、常に探求心を絶やさず、広い見識と学識の深さからどんな質問にも答えてくださいました。とりわけ芸術全般に対する造詣の深さは余人の及ばないものがありました。
印象に残っている出来事があります。2000年5月に朝日ギャラリー(東京・有楽町)で個展を開いた時に、私の勤務先の病院長が感動して作品の購入を申し出た時、先生は母国の韓国と北朝鮮で個展をするからと、1点も手放さなかったのです。先生の民族愛は白磁や仮面(舞)の作品にも現れています。
何よりも平和統一と韓国と北朝鮮で個展を開くことを願っていました。そのために自分の絵を役立たせたいと思っていたのではないでしょうか。
あと、こんなこともありました。12年、豊橋市美術博物館で開催された88歳大回顧展では、先生の作品が持つ豊かな民族性と強力なパワーが観覧者に伝わっているなと感じていました。その時、ある方が会場を去る時に作品に向かって深々と頭を下げていました。とても印象的でした。
先生は私たちのことを弟子としてではなく、後輩として接しました。それはセザンヌを生涯の師とし、自分とともに後輩たちにも一緒に学べ、後に続けと思われていたのかもしれません。
私はかつて、先生の要請でそれまでメモをした24年分のアドバイスを聞き書き集としてまとめました。先生の友人が、先生の伝記を書こうとしてその資料にという要望に答えたものです。私の宝物になりました。
私にとって先生は尊敬する最高の画家で、かけがえのない宝物のようなご縁だったと思っています。これからも精一杯努力を続け、良い絵を描くことで少しでも先生のご恩に報いたいです。
呉炳学画伯の聞き書き集より
80年6月(先生のアトリエにて)
バルール(色価)を意識せよ。そしてまず優先順位をしっかり決めれば、絵はほぼ出来上がりと知れ。それを決めるには、しっかり自然を認識すること。このことが造形への第一歩だ。
日々の生活にも、その目的に合致した優先順位をしっかり見きわめ、手際よく処理してゆく。それが真剣に生きるということにつながる。
人生すべての上で、また、何かにぶつかった時でも、センチメンタルや他力本願に逃げず、まず何が一番大事なのかを自力で認識して、そのためには何をなすべきかの、優先順位をしっかりつけて取り組むことだ。
まず、画面にははっきりした諧調を作れ。たとえば顔なら、目、鼻、口といった順に力を抜いていく。もしどこもかしこも一緒に描いたり、気分のみで描いては、画面にしっかり色がついていないで、飛び出してしまう。
絵というものは、画面の奥にすっと深く広がっていくほど良い。それには、バルールをしっかり見きわめて描け。そして、額縁の近くには強い調子の色や形を置かないようにすると良い。
(2021.09.29 民団新聞)