掲載日 : [2021-10-13] 照会数 : 4210
【新刊紹介】「空の神様けむいので」 ラスト・プリンセス 徳恵翁主の真実
[ 多胡吉郎著 影書房 2300円+税 ]
評・大島裕史(ノンフィクションライター)
資料基に新たな光
朝鮮王朝の王女の立場の複雑さは、韓国の歴史ドラマを通して、お馴染みになっている。それが日本の植民地時代に生まれた朝鮮王朝最後の王女となると、その人生は非常に過酷だ。「ラスト・プリンセス」徳恵翁主については、人質として日本に留学させられ、日本人伯爵と政略結婚して精神を病み、精神病院に入院させられ、離婚した後、廃人同然になって祖国に戻った……というのが、一般的な理解だと思う。
本書で著者は、執念ともいえる根気で日本と韓国の資料を調べ上げ、徳恵翁主の人生の全体像に迫っている。その結果、童謡や和歌で「詩の天才」と呼ばれ、日本の文化人からも高く評価された輝かしい少女時代があったことを浮き彫りにした。しかし、豊かな言葉を生み出す感性の背後にある、亡国の王女の立場、側室である母親の身分の低さ、そして身近な人の死など、陰の部分も見逃さない。
今となっては、本人はもちろん、直接関わっていた人への取材ができない以上、人生の足跡に空白があるのは仕方ない。むしろ著者はそれを隠さず、想像や期待で書いている部分はそれを明記することにより、記述への信頼をより確かなものにしている。
結婚相手である宗武志伯爵は、徳恵翁主を精神病院に送り、廃人同然にした張本人として、韓国では悪役として語られることが多い。けれども、精神病院に入院させたことも、離婚したことも、戦後の混乱期に宗氏が徳恵翁主のことを思い、悩んだ末の決定であったことを本書で知った。
といって、日本の植民地支配を正当化しているわけではないし、いわゆる「反日」の本でもない。本書では膨大な資料に対し、時代背景や状況も加味して、あくまでも徳恵翁主の立場に立って解釈している。それによって、「悲劇のプリンセス」としてのみ語られることの多い徳恵翁主に、新たな光を当てている。
もっとも、最初から日本を悪役として描く韓国版の徳恵翁主ストーリーより、良いことも悪いことも、ひたすら資料に基づく事実を積み上げた本書の方が、植民地支配の罪深さを、一層際立たせているように感じる。
(2021.10.13 民団新聞)