掲載日 : [2021-05-12] 照会数 : 15527
元戦犯受刑者が教誨師に託した手紙や手記を公開
[ 右が発見者の伊藤京子さん ]
川崎の天台宗寺院明長寺…趙文相の遺書も
【神奈川】日本の戦争責任を肩代わりさせれた韓国・朝鮮人元BC級戦犯を含む受刑者の手記、遺族と交わしたはがきや手紙などが8日、保管先の天台宗寺院明長寺(川崎市川崎区大師本町)で市民有志に公開された。
資料は日本の敗戦後、シンガポール・チャンギー刑務所で教誨師を務めた同寺16代住職、関口亮共さん(故人)が本堂毘沙門天台座下の収納庫に保管していた。亮共さんの孫で、同寺に勤務する伊藤京子さんが発見した。
チャンギー刑務所で死刑囚の収監される「Pブロック」で関口さんに会っていた文泰福さんは後に減刑され、巣鴨プリズン出所後の1952年5月4日付で手紙を送っていた。文面には「先生のあのにこやかなお顔を見たい」と面会を希望する旨がしたためられていた。
このほか「趙文相の遺書」として知られるガリ版刷り手記の表紙や出所後、韓国に帰って自殺した洪起聖さんがチャンギー刑務所から送った手紙もあった。
関口さんは元教師。シンガポールに従軍し、現地で日本の敗戦を迎えた。戦争裁判の開始を受け、46年5月ごろから翌年3月までチャンギー刑務所で教誨師を務め、87人の死刑執行を見送った。執行直前にメモでもらった遺書を宿舎で書き写し、遺族に手渡しもした。遺族からの礼状も33通見つかった。
(2021.05.12 民団新聞)